Martintonの日々

冷たか〜!
このところの寒さ、毎朝顔を洗う時にジーンと手の先まで染み渡り一瞬息をつまらせる、あの水の冷たさに、浮かんで来る映像があります。

それは家を建て直す前の手洗い場☆
故郷の旧生家二階のトイレを出て左手にありました♪
そこの前に立ち見上げれば、その日の空の明るさの違いをわずかに識別出来る波打つプラスチック素材の屋根が掛かっていて、トイ面には、一階へ下がって行く木製の階段が見下ろせます。
この階段の中ほどが手洗い場の真下となり、登る時に少し背が高い人には低すぎて、よく頭をぶつけてたのを思い出します♪
その階段を登ってすぐの、ひび割れ部分を紙のテープ?で貼り修復されていたスリガラスの窓の部屋が、幼い頃に僕ら親子が住んでいた部屋(後に、僕の今を育んでくれたドラム部屋となりました☆)でした。
その八畳ぐらいの部屋の奥一段床から上がった板張り左のところに、当時写真を趣味にしていた父親の暗室があり、鼻を突く現像液の臭いはそこで知りましたっけ〜。
その隣の右手の木戸を手前に引くと物干場(夏の夕涼みの良き思い出多し☆)への短い木の階段があり、その木戸の右側は物干場と小さな空が臨める四枚ガラスの窓(幼い想像のサンタクロースが出入りしていたところ♪)がありました。

話を手洗い場に戻します。
手洗い場の左側には手前からLの字型のあまり頑丈そうではない、触るといつもギシギシと鳴いていた丸い木製の手すりが付けられていました。
そしてその階段の下の、そのまたずーっと昔を覗き込むと、階段は消えてしまい、薪でお風呂を焚いてた場所が見えて来ます。
冬とても寒かった風呂の中には、『トンペイ』とみんなが呼んでいた、仕事に励むとトンペイ!トンペイ!と体を揺すっていた、丸い洗濯機が住んでいました。

さて、時の扉を二枚くぐった、同じ手洗い場から見上げる景色に、プラスチックの天井はなくなり、四方の屋根の隙間が作る四角い空が現れて来ます。
記憶の中に寒風が吹き下ろして来て、屋根の下に小さくぶら下がる不純物タップリの氷柱が鈍くひかります。
その絵を支配する焚き場の煙突が、下から向かいの天井を突き抜け二階屋根上で煙を吐いています。
☆実は思い出したのはこの頃の手洗い場の映像なのです☆

そこには水を溜めた陶器の瓶があり、ヒシャクがいつも差してありました。
夏の手洗い場の記憶はありませんが、おそらく寒い日は水道が凍って出なくなってしまっていたからでしょう。震える朝には表面が少し凍っている事もありました。
その水をヒシャクで洗面器にすくって、手や顔を洗った幼い時の冷たさが、蘇って来た訳です。

トイレを出て反対側右手には曾祖父曾祖母の部屋(その後兄の部屋となり、彼の晴れやかな青春の記憶を、失恋の痛手を包んだ場所ともなりました。)があり、一階に部屋を構える祖父と祖母を下のじいちゃんばあちゃんと呼び、曾祖父曾祖母を二階のじいちゃんばあちゃんとみんな呼んでいました。
その二階の部屋の入り口あたりで、背中が丸まっていて子供ながらにとても小さく感じたひいばあちゃんからの、初めてのおつかいを頼まれた思い出があり、それが彼女と僕が言葉と交わした最後の記憶でもあります。
確か
「まさとし!シロン(パンシロンの前身?)ば買うてきて!」ひ孫「シロンんて何?…」 
か細いひいばあちゃんの声と、シロンが何か判らず当惑した自分との会話が聞こえて来ます。

滅多に喋る事もなかったひゃくさんからのおつかいを、結局母に押し付けてしまってちゃんと果たせなかった思いが、96歳で旅立って行った曾祖母への、降り積もる心残りともなってしまいました。

懐かしい手先の冷たさは、遠い遠い遠〜い過去へと、導いてくれます。


まさとし
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