Martintonの日々

モドル | ススム | モクジ

ブリキのゼロ戦とボール虫

暖かい日差しが目の中に蘇る秋の日、ゾウの形の滑り台のお腹の下の空洞でIM君は僕にボール虫(人生初の団子虫)の存在を丁寧に教えてくれていました。

「こげんして触ったらボールになるちゃん♪ホラ♪おもしろかろ〜!」と  既に保育園の他の園児は休み時間の終了を告げられ教室に向かいましたが、得意げにボール虫教授と化した彼の講義は続きます。
「ばってんこげんして土に転がすと、またすぐに虫に戻るっちゃん!ほら何本も足があろ〜が! もう〜逃げるとが早いっちゃん!」
状況を判断すると教室に戻るのが賢明ですが、僕と彼との間にはゆったりとしたマイノリティー同盟が成立していて、いずれ二人を探し出して来るであろう、なだめ叱り役の先生の訪問を待つ事にしていました。

拙い眼力有する私には、彼のワンテンポほんのりなスローさが救いでした。オユウギの時間は特にです!そして小学校へ下準備のおべんきょう・食事の作法・おやつや園内でのルール・昼寝の布団の上げ下ろしに至るまで、少し手際の整わない彼の仕草を間近で見ながら、私にとってのみ視界の外の先生の、声からだけでは判らない指示を理解するのです。
他の子のスピードにアタフタと対応するより、彼の優しい仕草のほんの一瞬先を読み取り彼との仕上げ時間を共有する方が平和でした。おかげで数年保育がメインの園で、一年保育故の馴染み損ねの孤独へは、迷い込まずに済みました。

しかしひときわ着目され易い弱点を天から頂いた私、それなりの局面は幾度か舞い降りて来た訳です。が幸いな事に、これとても素敵な巡り合わせが待っていました。
正義感と優しさを兼ね備えた救世主の登場です☆MTK子さん♪長身から繰り出される強い意志に支えられた言葉に、男の子でさえ怯んでしまう迫力がありました。
情けない事ですが、何度か僕を窮地から解放してくれました。勿論例外なく他の人にも救いの手を差し伸べる人でしたから、私の事などおそらく彼女は覚えてはいないでしょう。しかしその後の私の方向指示板を立ててくれた功績は大きく、今更ながらお礼が云いたい気分が滲みます。

  嬉しい事に聖福寺境内の片隅に、思い出の花ぞの保育園は今も健在!です。

さて何かとマイルドフレーバーなIM君との話に戻ります。
ある時彼がふいに、不思議な事を言い出したのです。
「今度うちに遊びに来ん?面白いモン見せちゃるけん」
私「何が見られると〜」
IM 「ゼロ戦!」
私「ゼロ戦がどうしたと〜」
IM「夕方5時になったら大きくなると!」
私「大きゅうなる??誰のゼロ戦が?」
IM 「ぼくんとが!」
私「???」

まだ実在の力道山と架空のスーパーマンをごっちゃにして、戦ったらどちらが強いかを、みんなで真剣に競い合った時代です。疑ってはいても、〔もしかしたら!〕が私の手を引き♪IM君のお家へお邪魔する事にしました。

彼の机の上には当時では珍しいガラスのケースの中に、幾つかのブリキのおもちゃが飾ってありました。その一番上にゼロ戦が、他を支配するかのような光沢を放って存在していました。

私「このゼロ戦が大きゅうなると〜」
IM「そうこれがたい!」
IM君がゼロ戦を両手で慎重に持ち僕に手渡してくれました☆
意外に軽いブリキの機体?胴体は左右から接合されていて操縦席も操縦士の頭も真ん中で分かれていたので、大きくなった操縦士の姿を想像するととても怖くなったものです。

私「ここで大きゅうなると?」
IM「うんにゃ!家が壊れるとイカンけん広場に持って行くと!」

…… かくして何故かいつの間にか半ば洗脳状態の私、胸ワクで彼の後ろに従い近所の広場へと舞台を移しました。
時刻は午後4時40分過ぎ。IM君が広場の中央に丁寧に置いたブリキのおもちゃを見つめながら、大きくなった時に潰されないようにと距離を測り陣取り、その時を待ちました。
ジワッと膨れるのか?瞬時に本物になるのか頭で想像しながらも、今日のゼロ戦のコンディションを何故か気遣う私?そして沈黙の時が流れました。
………。
果たして運命の時刻の午後5時を、IM君が手にした目覚まし時計の針が巡りました。
……?……?
おそるおそる彼に尋ねました「遅かね〜遅れる事もあると〜!?」
IM「し〜っ!」
その内5分が過ぎそして10分が過ぎ、やっと彼が口を開きました。
「う〜ん!今日は大きくならんごたあ〜ね〜」
私「…」
その言葉に半洗脳が解ける事もなく、私は自分がいたから、僕の気配で本物になるのを止めたのかも!との思いを抱いて帰ったものです。おそらく彼は彼とて、僕を騙すところになく、日頃念じている事が僕と一緒だと叶うかもとの期待を持って広場へ向かったと思われる訳です。行きしなの彼の明るさを思うに☆

秋の夕暮れ時の広場、幼い記憶が鮮明です。


1102

2008.11.02

モドル | ススム | モクジ |
Copyright (c) Masatoshi Ueda All rights reserved.