Martintonの日々

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ドッグフードじゃ〜ありません♪

近頃苦手だった納豆との縁を少し築けたのも、元来豆好きだったが為。
そんな豆や無性に好きな寒天が主役のみつ豆は大の好物!子供の頃は特に。

さて!郷里博多にある西門蒲鉾(生家)を兄が今の姿に建て替える前。
旧店舗での店内改装をリーチ君(父)が施したのは、おそらく僕が小学校の3・4年のあたりだったと思います。
既に責任取れないレベルのウロ覚えではありますが、その又昔の店の佇まいは、風雨にさらされ風格が備わった木製の表札な感じ♪
抑え目な白熱球で少し薄暗い店内、黒光りする玉砂利を固めたような床や、店から工場に通じる開閉毎に「キィイッイ〜」と鳴く大人が半身でないと通れない木戸や、歴史染んだ木製の陳列棚等々☆
子供なりに思い出多き造りだったので、改装時には、消えた寂しいさと新鮮さが混在していたように思います。

以前よりぐっと明るくなった店内、当時としては天井の間接照明等は最先端。
入店するお客さんの殆どが、一応に淡い配色の店内のまず天井に目をやり、見慣れぬ、光源が隠れた蛍光灯の照明に感心してくれていました。
そしてその光に映し出される天井近くの壁、その四方を埋める誇らしげな数枚の賞状は、リーチ君が頂いた全国蒲鉾組合の品評会関連のモノでした。
「いっぱい賞状ば取っとんしゃーちゃーね!」と言って頂いた、お客さん達の優しい声の束を記憶しています。

店に入ると正面に春冠〔お祝い事に贈られる、鶴亀松竹梅や鯛の形をした蒲鉾を木箱に詰め合わせたモノ〕や特板〔手打ちの蒲鉾〕の見本のショウケースがあり、その左手に少しせり出した店頭には、足の速い商品の安全保管の為、凍った数本の金属のパイプが中段と下段に通った冷蔵のケースがありました。

そしてリーチ君流のお客さんへのもてなし?だっのでしょうか、通路を挟んで左には四方を小さな岩で囲った長方形の生け簀があり、色んな種類のコイ達が鮮やかでした。

そこに樟脳で動くブリキの船や、小さく浮き沈みするプラモデルの潜水艦を浮かべて遊んだ、楽しい思い出があります。
そう言えばイタズラ好きの兄(啓蔵)が夏場、「底の方に何かがおるごた〜!見てんやい!」と僕を覗かせておいて、後ろから背中を押し、踏ん張りが利かず行水させられた事もありました。
予想に反して、生け簀の中でバタつく僕に少し慌てた兄が蘇ります☆

その生け簀を四本の鉄脚がまたぎ、その上のガラスのケースには、ウィンナーソーセージや燻製が陳列されていました。
そして位置的には店の右隅上。
お客さんからは少し死角にあたる棚には、フルーツモノを手前に多種の缶詰が積み上げられていて、子供の私にはワクワクする空間が広がっていました。
背伸びすれば手が届くところに、興味津々のフルーツみつ豆缶・みかんの缶詰め・桃の缶詰め・パイナップルの缶詰めや、その奥には魚貝類の缶等が小高い缶のビル街を作っていました。

リーチ君から一度食べさせてもらった美味し〜いフルーツみつ豆への思いから、それらを見上げる度に誘惑される日々が続き、遂にある日!
いけない事とは自分に言い聞かせながらも★親に無断で売り物の缶詰めを食べてしまったのです。
最初はフルーツみつ豆缶をコッソリ開き!
何故だか発覚しても叱られない?事をいい事に、次には、みかん缶・桃缶・パイナップル缶を大胆に棚から下ろし、罪悪感諸とも口に入れて味わったのをよ〜〜く覚えています★
魚貝類関係の缶は棚の奥なので手つかず。
必然!いつの間にかフルーツ缶のビル街のみが平屋の町となってしまいました。

私の得手勝手な推測ですが、元々コンビニ思考などない時代。蒲鉾店で缶詰めやソーセージを買いもとめる客はあまりなく、売れ残る気配濃厚な中、普段食が細い我が子故、あえて釘を刺さずいた♪と勝手に踏んでいるのです。
その内期限切れのソーセージや缶詰めを店中で消費したような気もします。
勿論!自分の事を棚に上げたい訳です♪

タイムマシンなみつ豆缶を見つけ♪そんな事を回想しながら、今回の入院時に馴染んだ、おやつな感じで買い物カゴに入れてみました☆


0106

2009.08.12

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