Martintonの日々

懐かしき、東芝の第一スタジオ時代の事等を少し、思い出し書きしています。
さて、つづきに入ります。

メインフロアー入口の直ぐ右横に、備品の倉庫がありました。
初期に録音した打楽器類は、そこの物を使わせて貰いました。

上京当時はまだ、アマチュア仕様の楽器しか持ってなかったので、デビューアルバムの曲の殆どは、この倉庫のドラムセットを叩いたと思います。

アルバム、君のために生れかわろう、収録の“早くおいで”。サビ部分のパーカッションは、倉庫からの借り出し物です。
タンバリンを上田が、ギロを姫野が担当。
二人が向かい合い、前屈みで腰を振る格好が、その懸命が、可笑しく映ったらしく、コントロールルームは大爆笑だったと言われた記憶♪

倉庫と反対側。コントロールルームから少しせり出した形で存在してた。
縦に大きく横はルームの正面顏の様な、着色のスモークな防音ガラス部分がありました。
コントロールルームの前面となる、一段下りたこの場所。頭上には、最先端高名高価な大型スピーカーが、左右の天井からぶら下がり、コントロールルームの威厳作り?にも、一役かっていた気がしていました。

そのスピーカーから流れる真新しいスタジオ音を、間近で独占出来る良き所に。
ゆったり軟かファー(三・四人掛け)があり。
見学のミュージシャンや関係者(お偉いさん)が座ってたり、録音終えたメンバーが、自分の出来映えを確かめたりする処でもありました。
そして、一人独占だと、つい、居眠りに誘われてしまう、絶好リラックス処でも♪

さてメインフロアーに戻ります。
その横長ガラス窓の奥隣がブースになっていて、アコースティックギターやリードギター録りや。演奏と一緒の仮ヴォーカル録音等に使っていました。
このブースから、訥々と言葉を選び、独特の間を置いて発言する、安部俊幸の世界を、思い出してしまいます。
僕にとっての人生初のレコーディング曲、“魔法の黄色い靴”の録音初めは、姫野のアコGからでした。
そう言えば同じブースで、ドラムを録った経験もあります。
気持ち良く叩けた、無限軌道、の“愛のかたみ”☆と、もう一曲?

そのブース並び奥が、六畳程の空間部屋で、その裏に、金属のスプリングが張り巡らされたエコールーム(全ての音にエコーマジックをかけてくれる機械部屋)があり。
マシン作動中、この部屋で音を出す事厳禁!を教えられました。マジックが使えなくなる理由で、最初に。
そして、その部屋が、第一スタジオの一番左端?でした。

そのブースの前に、スタインウェイのグランドピアノがどっしり☆

ピアノ椅子に座る年長(財津和夫)さんの、追加作曲・曲まとめに集中な姿が、焼き付いてます。

そして壁づたい、その先の分厚いパーテーションの横がベースアンプの定位置。アンプ前の椅子に、もう一人の年長(吉田彰)さんの、ヘッドフォンをした、髭とメガネと笑顔が、見えて来ます♪

その先、パーテーションで三方を囲まれたスペース。
頭上に、集音用ビーチパラソルが常にぶらさがるその下に、ドラムがセットされてます☆

魔法の黄色い靴、のドラムの音録りは、確か二日目。
初日は全楽器をセットして、全楽器1個1個ずつの音作りと合同演奏。
何せ、日本初の16チャンネルでのレコーディングです☆
何を始めるにも時間がかかりました。
そんな訳で、初日は、同窓生のアコG録りで終わったはず。

−−−つづく(笑)−


まさとし
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