Martintonの日々

母とのお別れ式から、二週間が経ちました。
兄の電話で、母の突然の容体悪化を知り、正直焦りを覚えました。帰郷を阻むかも知れない状況に。
デリケート極まる角膜移植手術後間もない時期。気圧変化激しい飛行機移動等、絶対NG。振動続く新幹線も微妙な時期だったので。

幸い、術後の経過良く、二週間目の診察で、医師から地上移動、新幹線の許可は貰えました。

兄にその連絡を入れると。
なんと、母が少し持ち直して来たとの朗報。プリンを口に含ませたら、もっと食べたい!意思表示から、1個全部食べたのが、切っ掛けだったとか。
以前、母が九十代半ばの頃。
何も食べれなく、水分しか受け付けなくなり。医者から、持って一週間と、家族に覚悟を迫られた時の話です。

兄の思いつきで、カロリーメイトのゼリーを水分代わりに与えてみると。甘さが良かったのか、ちゃんと飲んでくれました。その後も続けると、バランス栄養食の本領が発揮☆
次第に食欲が戻り食事もしっかり摂れる様になり、つれて元気も取り戻して行ったと言う。ウソの様な本当の出来事を経験☆
一時期は食事以外に、お菓子等も食べるようになり、太り過ぎないよう気を使う程に回復してくれました。

今回も、プリンきっかけな淡い希望抱きつつも、とにかくの持ち直しに、胸を撫で下ろした次第。
しかし白寿(九十九歳)の母。この際の家族での帰省の調整に入りました。

知らせがないのはで、三日が過ぎ。
日程の目鼻立ったので、兄に連絡入れると。先に移植手術のその後を聞いて来たので、母親の安定を知りました。

食事もデイサービスの場所では食べる様で、週三回のデイサービスを四回に増やして貰うよう頼んだ!との事で、安心深まり電話を切りました。

そして翌日、二月七日。
始まりの兄からの電話以来、携帯は何時も傍に置いてました。

メトロノームの横に、携帯を並べて練習をしていた昼間。
スタッフからの電話後、誤って床に転がした携帯が、板張りごと震え出し。

急激に血圧が下がり、母危篤の知らせ!
今から施設に駆けつける!との兄からの電話でした。
成す統べ無く、時間が過ぎ。
次の兄の電話で、二月七日午後二時三十分の永眠を知りました。
その時刻に、孫の家では「❤ちゃん、ならね!」と、母の声が聞こえたそうです。家族の携帯はフル充電だったのに、暫く使えなくなったりが、起こりましたが。
肝心の息子には音沙汰無く(笑)、長年の親不孝を、悔いる時間に囲まれました。


まさとし
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