Martintonの日々

明日(11日)日曜が何と!今年の初ステージとなります!! “六本木アビーロード”出演日☆ 17時開演、2ステージです。

まさとし
スタジオで大音響でビートルズを流し、3時間!叩き歌いました☆





どんたくの杓文字と山笠の舁き縄でデザインされた、博多小学校の校章は、博多で知らぬ人はいないグラフィックデザイナー(故)西島伊三雄さんの作品です☆

何と!父が出版した2冊の本の表紙絵も西島さんの作品です。父と西島さんは大の親友同士でした。開校式の時「利一つぁんの息子と一緒に仕事ができるなんて!」と喜んでいただけたのを覚えています。




博多小学校の体育館横歩道側のガラス窓です。生徒さん其々の個性豊かな手書きの校歌歌詞と、リモート授業での記憶記事が沢山♪貼られているそうです。見に行きたいなぁ!



まさとし
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術後、2ヶ月の検査から始まった今週のワタシ。4月ステージ復帰への下準備。スタジオでの、思いっきり叩き歌い!初め☆







東京は、名所でなくても春爛漫☆


まさとし
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早起きの折角を使い、大濠公園running!夕刻雨予報もあり、朝の三周を充実。そして、母の四十九日法要。親戚との歓談もコロナ禍での気遣いで、満ち足りず。平和の再会を願い、散会。兄とお疲れさん会は、福岡500年☆博多2000年歴史、大研究会☆


おとき(食事会)の代わりの、お持ち帰り弁当。美味し☆




まさとし
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明日は、母の四十九日の法要があります、久々に博多小学校の外観見学♪23年経ったとは思えない新しき風格☆





ここが、僕の部屋から5年生108人とオンラインでつながった、博多小の、表現の舞台です。




あるある(笑)♪




キャナルシティで明日コート、購入☆




騒ぐ子供心(キャナル)☆




そして、大濠公園!


まさとし
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自室、電子ドラムの前からオンライン♪博多小学校、表現の舞台会場の五年生達との、素敵な時間共有☆
1998年に、博多にあった4つの小学校。冷泉・奈良屋・御供所・大浜が統廃合となり、博多小学校が生まれました。

その統廃合の噂を聞いた時の切なさ。母校、御供所小学校を、思い出多き学舎を失う事への寂しさは、言い表せないものでした。

しかし、その事を受け入れた先に。有り得ない依頼が来てしまい、正直驚きました。
新たに生まれる小学校の、校歌を創ってみないかとの。

背負う責任の重さを知りつつも、踏み出す気持ちに固まると何か、スイッチが入った様な感じがしました。

これから故郷博多の母校となる小学校の校歌です。受け継いで来た博多っ子の血が、騒ぎ出したのを覚えてます。

湧き出すメロディーを次々録音して。気付けば二十曲を越えてました。
が、曲を選ぶのに時間はかからず☆
アレンジャー(小泉信彦)と一致を見たのはなんと、最初に浮かんだメロディー(1曲目)でした。
《因に“街を渡る汐風”は、二番目に作った曲です》

曲が決まってからは、何処からか降りてくるかの様に一気に。歌詞の大体を書き上げてしまってました。

23年前の事ですが、今でもあの興奮の記憶は健在です。

今回、五年生の皆さんが歌詞に興味を持ってくれて、より深く意味を知りたいとの思いに、再び揺り動かされるのを感じました。

Zoomと言う、七十才の身に重い(笑)♪交信方法でしたが、想像を越える素敵な思い出となりました☆

表現の舞台時間を、共に出来た、博多小五年生のみなさん!ありがとう☆
そして導いて頂いた、力先生・中家先生・白垣先生。
そしてそして山仲間☆の、穴井校長先生。
深く、感謝致します!
本当に有り難うございました。






まさとし
2021_3月 : comments (0) : trackback (x)
お葬式の朝は、大濠公園から。
ホテルでの朝、寒気がして、送る日の大切な長丁場を考え、迷わず大濠公園へ向かいました。

元気なウォーカー・ランナーに混じり、朝陽と尖った時折寒風の中。三周をゆっくり競歩り、体調も次第に回復。

戻り、入院から続く、日に三食で造られた♪身体に、お通夜で履いたズボンきつく(笑)。
開店直後のユニクロで、ゆったりLサイズのレディーススラックスを購入して母の元へ。

式前、親族に用意されてる食事部屋で再び親戚会。賑わっているところに、連絡が入りました。
何と、財津和夫(さん)が、わざわざ挨拶に来てくれたとの事。

既に立派な供花も届けて貰っているのに!と兄も恐縮していました。
暖かい、なんとも言えない、不意の柔らかな時間の訪れに、深く感謝の念を抱きました☆

お葬式最中。御経の所々を何となく、声に出来る自分に驚きました。
喪主(兄)の隣が私です。
お焼香してくださる皆さん方に、頭を下げている兄を見て、慌てて身体の向きを変え従いましたが、何方が何方やら?判らぬ視界の至らなさ★
気持ちと裏腹で、心込め辛く申し訳無く。

出棺前。
棺の蓋を開けて、兄に続き、彼女の顔の傍に白い花を添え、髪に触れてみました。
その後、九十まで嗜んだ煙草や、きくらげすぼ・板付き(蒲鉾)や、どんたく福神流の唐団扇。そして、沢山の綺麗な花に埋もれて行きました。

位牌を抱き、油山の火葬場へ。
母の亡骸との、本当の最後のお別れが、来てしまいました。。。

待つ間、親族控え室で。上田家を柱の、家系図作りが始まりました。
自信ある其々が、メモ紙に御先祖の名を書き、壁にピンで留め行く。血縁探求ゲーム☆
持ち寄った記憶で謎が解ける度に、部屋大盛り上りな親戚時間。

さて、お骨上げでは、緊張しました。
私と兄とで、殆どのお骨を拾う訳なので!
漠然としか見えぬ目で、母をこぼさぬ様に骨壺に納めるのに懸命(笑)。親戚も皆、緊張の此方の手に集中♪
途中、母の手の指を誤って二本掴んだり(笑)、でしたが♪
母に許しを願い、何とか役目を果たせた、妙な時間記憶。

彼女にとって久し振りの自宅に、一緒に帰り。まだ賑やかな処が良かろうと、家のリビング棚の上に、母(骨壺)に居てもらって。
家族同士でワイワイな、お葬式の夜。
まだ医者の許し出る前でしたが、一口缶ビールで、献杯。






翌日は。

翌日は、福岡大丸・天神パルコで故郷買い♪
櫛田神社で、今年二社めの詣り☆残念は、焼き餅アツアツを食べれなかった事。お友達の店、緊急事態宣言下で、閉まってました。
博多町屋ふるさと館(館長は、お友達♪長谷川法世さん)で、濃縮ミニチュアで博多時間☆
因幡うどん後。
いつも走りながら、一度行きたかった“大濠テラス”(大濠公園内)で。
八女茶ラテと八女玉露ソフトクリームを、センス光る店内二階で、美味しく頂きました☆













まさとし
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母ちゃんの、お通夜。
やはりコロナ禍、車内はガラガラでした。
新幹線で故郷に向かったのは、かなり遠い記憶。の正月。

母が孫達と接する、嬉しさ満面な笑顔に、随分責任を感じたものです。
家族ぐるみでの初めての帰省でした。
子供達の、ばあちゃん慣れしてない為のぎこちなき気遣いを、彼女は優しく受け止めてました。
母の部屋横の仏間で。家族で川の字布団での、ガヤガヤが時間が、とても懐かしい。

博多の斎場には、財津和夫・姫野達也・制作会社取締役、新美賢治・財津バンドメンバー山内、小泉、尾上、田中・スタッフ筧敏彦・安芸崇史・(有)ストレート一同・TULIPスタッフ一同、等々みなさん達の供花が、有り難く並びました(宮城伸一郎は弔電をくれました)☆

飾られた祭壇の棺の母は、とても穏やか綺麗な表情。死化粧が素敵で、何度も声をかけていました。親不孝な49年を詫びつつ。

式を終え、うん十年振りの親戚会☆
在りし日、若き日の母を偲ぶ話や、互いの老け具合品評会♪
飲み物毎のマスク脱着が、折角の再会に水を差す、虚しき束縛なご時世。

二月とは言え、やけに寒い故郷の風に晒されながら、体調考慮の宿泊ホテルへ戻りました。兄に託し、母を斎場に残した後ろめたさを抱えながら。




まさとし
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母とのお別れ式から、二週間が経ちました。
兄の電話で、母の突然の容体悪化を知り、正直焦りを覚えました。帰郷を阻むかも知れない状況に。
デリケート極まる角膜移植手術後間もない時期。気圧変化激しい飛行機移動等、絶対NG。振動続く新幹線も微妙な時期だったので。

幸い、術後の経過良く、二週間目の診察で、医師から地上移動、新幹線の許可は貰えました。

兄にその連絡を入れると。
なんと、母が少し持ち直して来たとの朗報。プリンを口に含ませたら、もっと食べたい!意思表示から、1個全部食べたのが、切っ掛けだったとか。
以前、母が九十代半ばの頃。
何も食べれなく、水分しか受け付けなくなり。医者から、持って一週間と、家族に覚悟を迫られた時の話です。

兄の思いつきで、カロリーメイトのゼリーを水分代わりに与えてみると。甘さが良かったのか、ちゃんと飲んでくれました。その後も続けると、バランス栄養食の本領が発揮☆
次第に食欲が戻り食事もしっかり摂れる様になり、つれて元気も取り戻して行ったと言う。ウソの様な本当の出来事を経験☆
一時期は食事以外に、お菓子等も食べるようになり、太り過ぎないよう気を使う程に回復してくれました。

今回も、プリンきっかけな淡い希望抱きつつも、とにかくの持ち直しに、胸を撫で下ろした次第。
しかし白寿(九十九歳)の母。この際の家族での帰省の調整に入りました。

知らせがないのはで、三日が過ぎ。
日程の目鼻立ったので、兄に連絡入れると。先に移植手術のその後を聞いて来たので、母親の安定を知りました。

食事もデイサービスの場所では食べる様で、週三回のデイサービスを四回に増やして貰うよう頼んだ!との事で、安心深まり電話を切りました。

そして翌日、二月七日。
始まりの兄からの電話以来、携帯は何時も傍に置いてました。

メトロノームの横に、携帯を並べて練習をしていた昼間。
スタッフからの電話後、誤って床に転がした携帯が、板張りごと震え出し。

急激に血圧が下がり、母危篤の知らせ!
今から施設に駆けつける!との兄からの電話でした。
成す統べ無く、時間が過ぎ。
次の兄の電話で、二月七日午後二時三十分の永眠を知りました。
その時刻に、孫の家では「❤ちゃん、ならね!」と、母の声が聞こえたそうです。家族の携帯はフル充電だったのに、暫く使えなくなったりが、起こりましたが。
肝心の息子には音沙汰無く(笑)、長年の親不孝を、悔いる時間に囲まれました。


まさとし
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“転禍為福”千葉和臣(海援隊)が今日、わざわざ届けてくれた!今年の干支人形です☆

まさとし
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