Martintonの日々

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人生初打席

三軒茶屋の映画館の屋上に戦後まもなく、子供達に憩いの場を作ろうと、映画館の館長がバッティングセンターを設けた、と云う話が早朝のテレビで流れていて、僕のノスタルジアの扉がそっと開いた☆

「よーし打て!」先生の野太い声がグラウンドに響く。うだる夏の風を振り払うように僕はバットを振り、当然の空を切った。少しじれた声を交えて「いいか今度は俺が振れといったら思いっ切り振るんだ!わかったな!」…「よしっ今だ振れ!」……バットに当たるハズはないのだが、「まぐれでも当たれば面白い」と思いつつ、先生の声を頼りに思いっ切り振ってみた。前にも増して少し快感の混じった、僕が振るバットの「ブーン」が響く。

この時間の、自分の作り出した場面をどう収めるべきか迷いの道に佇む先生の、少し腰砕け気味の声が響く「いいかピッチャーが投げるのをちゃんと見てから振れ!そして当たったら一塁へ走るんだぞ!」…?ピッチャーのはっきりした居場所も、一塁がどこにあるのかぜ〜んぜん見えないし、大体光の調節が出来ない僕のひ弱な眼力でバットにボールを当てる事は奇跡に近い。

しかし自宅の部屋で誤って誰に当たっても痛くないフワフワのボールと空気の入った柔らかく短く太いプラスチックのバットしか握った事のない僕にとっては、とても新鮮な、人生初のバッターボックスでの初打席だったのだ☆
それは無駄に奇跡を乱発しない神様の計らいで見事な空振り三振に終わった!

僕の実態をしっかり確認出来てしまった先生の、「悪い事をしたな」っぽい気まずい雰囲気の「もういい!座って見学していろ!」の力無い声が聞こえた。しかしまだ勘違いしている先生。見学すらも僕が成立しない事を!僕はいつかしら上から目線で、「先生眩しいので教室に戻ってもいいですか!」と少し強く言ってしまったが、先生はこの時間の始まりとは別人格で、優しく「いいよ!」と許してくれた。

そもそもの事の発端は体育の時間、いつも教室での自習の形をやむなくとっていた僕に対して先生の、「男の子がちょっと目が悪いぐらいで怠けるな!俺が鍛えてやる!」の一言で始まったのだ。おかげで一度は立ってみたかったバッターボックスにも立てた訳で、周囲の友達の視線を引換にしても充分のおつりが出るくらい、それなりの出来事だったのだ。

二度目のバッターボックスは上京後、千葉のデパート屋上のバッティングセンターだった。何かのイベントで演奏した後、金属バットの音につい誘われてあれ以来のバットを振ってみた。今回は光の攪乱にも対抗できる度数の入ったサングラス装着だ!と意気込んだが、神様は極薄の奇跡も起こす気配すらなく、20球一度もかすりもしなかった。

あの小学校の夏、体育の先生の「すまなかった」顔が思い出され、意外に僕が楽しんでいた事を伝えずじまいだったのが、心残りだった事が蘇った、20空振りだった☆


0418

2009.04.18

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