三角巾
上田利一 著

第三部 運命

 突然誰かが『掃討だ』と叫んだ。その一瞬、横たえた傷痍の身を起し見上げると、このジャングルの十メートル位い先の小高い処に、四、五人のインデアン兵、ゴルカ兵(蒙古人)が、私達十数名の頭上に銃口を向けて居る。ああ、遂いに最後の時が到来した。丁度、銃殺刑に似た〝死への宣告〟の、胸を鉛の板で締められる様な数秒が、鼓動と共に刻まれて行く、何んの抵抗も今は不可能な死に直面して居る。
 「バラ、バラバラ」「バラ、バラ、バラ」
と自動小銃が、一斉に火を吐いた。同時に、
 『アー』『ウー』『ウヮー』
と断末の叫び声を残し戦友は次ぎ次ぎと、死に就いてゆく。不可解だ。私は明瞭に見届けた戦友の憤死!だが私は死んで居ない。不思議な事だ。何故だろうか。私は何故だともう一度疑って見る。夢ではない現実だ、本当に生きて居る。奇蹟だ、と言う言葉があてはまるのではないか。本当に奇蹟的幸運に恵まれた一人なのだ。
 だが然し、今は帰らぬ十数名の戦友(とも)は殆ど煩悶し乍ら、異郷の地で草を紅に染めて散って逝った。
 今が今まで、死に対して何等執着も感じなかったのに………。私は反動的に生きる微かな淡い望みを抱き始めた。が、致命傷を避けた銃弾は肩と腕と、手の甲に三発命中して居る。然し両手の自由は完全に奪い去られてしまいダルマにも似た姿で、自分自身ですら眼を覆う様な痛々しい有様。左手の甲は関節をえぐり取られ、指は二本ブラリと下り変り果てた不具の身。出血は甚しい程流れ落ちる。隣の相庭上等兵も奇蹟の一人として生き延び、銃弾を受けた肩に手を当て乍ら
 『班長、相庭もやられました』
と弱りきった力ない声で言う。彼は右肩の貫通を受けて居る。十数名の患者の内生き残ったのは、相庭と二人だけ、何んと言う悪運の強い二人であろう……。
 お互いに不自由な躰をすり寄せ乍ら、生きて居た歓喜に暫し涙を流し合った。だが然し、又、再び襲撃して来るかも知れない不安が込み上げて来る。
 左手甲の出血は次第に量を増し、痛みも一段と加って来る。衰弱した躰に、大量の出血で、次第に意識が遠ざかって行く。