愛しの玉取りループ犬 テツー最終章
子犬の頃、最初は柔らかいゴムボールを投げてみました!
彼は羽根が生えたかのような飛び走りでだんだん小さくなって行く丸い点を追っかけます!やがて確保したボールをくわえ同じ飛び走りで嬉しそうに僕のところへ帰って来ました。ところが当然僕にくれるものと、両手を器にして差し出しますが、何故かその口から離そうとはしません!ボールを取ろうとすると尚更手渡すのを拒む仕草が加わります♪
とは言え半端な芯の無い唸りが「ウ〜ッウ〜ッウ〜ッ!」と甘噛みな感じでやけに明るく楽しそうな声なのです。仕方なしに左手で彼の上顎を掴んで右手で彼の口からボールを取り戻しました。どうも彼にとってはそこまでが1セットになっているみたいなのです♪一度僕の手に戻ったボールを再び取り返す気配もなく、二本足立ちでまた投げて欲しいポーズに切り替わります。そして終わりのない少し面倒ながらも楽しいゲームの時間が続くのです。川の土手や空き地や横丁で♪
時代と共にフリスビーに様変わりしても同じ事の繰り返しでした。
若かりし生意気盛りの頃の彼には少し気分屋の一面がありました♪
何かに気が向いていると、声が届くはずの所で彼の名前を呼んでも、まるで聞こえぬフリ、気付かぬフリを決め込むのです♪
しかしそんな時に[プチ心外クンを楽しむ時間]が急浮上です!彼にも当然聞き覚えのある、その頃新たに一緒に飼い始めた新人犬の名前をを優しく連呼するのです!すると彼はそれまでの態度を一変♪自分のポジション確保の為慌てて僕の所へ駆け寄り身体を擦り付けて来ます♪ダシに使われた新人君が僕に近づこうものなら、その新参君を押しのけての懸命の密着君となります。
そこでダメ押しのもう一手!を打ちます。「テツは呼んどらんと!」とゴム用接着剤のような粘りを僕との間に用意した彼の体を何度も押し返すのです。この効果倍増の仕草を加えれば完成です。おかげで?ゲームとしては二三度成立させてくれました。
………そんな彼もいつしかトルネード犬を卒業、次第に年老いて穏やかな眼差しと共に動きも緩やかになって来ました。そのため工場が可動中以外は鎖で繋ぐ時間は減らしてあげました。家の外にもあまり出なくなっていたので。
初物に弱い彼は、僕が手にしたギターの音に驚き、最初後ずさりしながら吠えていたものです。しかし慣れて来ると横に座って聞いているふうでした。僕が歌っている間中、たまに首を傾げる失礼な態度?以外は、妙にとてもおとなしかったように記憶しています♪
アマチュアの頃、バンドのライヴや練習や飲み会やデートとかで帰りが遅くなっても相変わらず[お出迎え]は欠かさずしてくれました♪ただし以前のように[駆けて来て飛び付きハグ]の時代は静かに去り、「お帰りー!」の発声の後、ゆっくり近づいて僕を見上げ、立ち上げれなくなった尻尾の振りで意志を伝えるだけとなりました。僕がしゃがんで頭を撫でてやると、目を細めて安らぎの表情を湛えていました。
プロとしてのデビューが決まり、上京のためしばしの別れの時がやって来ました。
勿論彼が知る由もなく、「じゃあね」と頭を一二度軽く撫で叩きで別れました。まだ僕が21の春、彼の推定年齢は?確実に長寿犬の領域に入っていました。
上京後プロダクションスタッフの考えで、メンバーに里心が付かないようにとデビュー後半年は帰郷が許されませんでした。故郷をあんなにも恋しく遠く思った時期はありませんでした!帰郷が決まった時の喜びは今でもしっかり取り出せます!遠足や遊園地に行く前日の幼な心の高まりみたいな感じさえも加わっていました。飛行機の窓から故郷の街を見下ろせた時、例えようもない懐かしさが胸にこみ上げて来ました!そして心まで揺する着陸の振動です☆盆と正月と受験合格通知と東京オリンピック?が一度に来たような幸せな瞬間でした☆
果たして夕闇に包まれた生家の蒲鉾工場☆その重さが懐かしい木戸の感触♪それを確かめつつゆっくり手を掛け 開いてみました!
するとその時遠くで、うめき声のようなテツの声がかすかに聞こえました。何となく出迎えてくれそうな感じがしていたのでしばらく待っていると、今にも倒れそうな辿々しい歩きの彼の姿が見えて来ました。嬉しさに駆け寄り彼の頭や背中を優しく撫でると、全てが痛みに変わるみたいで、体をピクピクさせて痛々しく、僕の預かり知らぬ時間の流れを感じ辛い気持ちでした。出来うる限りゆっくり彼を支えて塒にもどしてあげました!
後で知ったのですが、テツは十日以上も自分で立ち上がる事も出来ず塒にうずくまっていた事を!★なんと渾身の力を振り絞って、昔のように僕を出迎えてくれた訳です!☆
………………次の日の朝、二階の自室の寝床で眠い目をこすっていると、下の方から『あーっテツが死んどうよ〜!』と叫ぶ声が聞こえて来ました!
驚いて彼の塒に走りました。そこには安らかに目を閉じ、天寿を全うしたテツの亡骸がありました☆
そう!気付いたのです!痛みに耐えて長〜い間僕の帰りを待っていてくれたと云う事を………!
彼との永遠の別れに、時を忘れ止めどもなく涙が頬を伝っていました……。ありがとう!テツ!さようなら!テツ! お正月のおこづかいで買った銀玉鉄砲の動く的にしてゴメンね!海辺のキャンプで生まれて初めての海泳ぎなのにわざと溺らかそうとしてゴメンね!子犬の頃何度も僕の人差し指で転ばすのを楽しんでゴメンね!
お別れだね〜テツ!☆
2008.08.07